昭和9年の創業以来、皇族や要人、文化人に愛されてきた由緒ある旅館。今回のフルリニューアル工事にあたり、内装デザインを進める上で、全てをゼロから刷新することにはあえて抵抗を感じた。建物の構成や空間の魅力は、エントランスを潜った瞬間に広がる今井浜とオーシャンビューに象徴される普遍的な体験に宿っているからである。
ロビーから海岸レベルへ向かって設けられた3層吹抜けのアトリウムは、階段や設えに老朽化が見られるものの、当時の繁栄を物語る空間としての存在感をいまもはっきりと感じ取ることができた。そこで問い直したのは、「何を新たに加えるべきか」ではなく、「何を残し、どう現代に活かすか」であった。
設計の答えは明快だった。新しい設えを無理に加えるのではなく、当時の設えを積極的に保存しつつ、現代の技術を慎重に重ねること。LED照明や耐候性に優れた仕上げ材など、令和の技術を介して歴史的空間を再び蘇らせる手法を採用した。設備機器の老朽化は顕著であり、空調や衛生設備は全て刷新したが、その背景には「現代の中に歴史を呼び起こす」という明確な意図があった。
こうして、過去と現在が融合する空間は、新たな息吹を得つつも、創業以来変わらぬ旅館の魅力を静かに語り続ける場所となった。
建築概要
計画地 :静岡県河津町計画内容:改修
延床面積:8637.087m²/2612.719坪
用途 :旅館
協働設計:KUM一級建築士事務所
外観色彩計画/ランドスケープデザイン:サッコデザインオフィス
施工 :大同工業株式会社
写真 :矢野紀行写真事務所




















